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About

運輸省航空大学校卒業後、SONY商事株式会社にて営業職を経験、
国内定期航空会社にて回転翼、小型ジェットによる新聞社、TV局の取材飛行を担当、
その後、定期国内航空路線部門へ移行。定期旅客機の機長として運航に携わっていた。
路線室長として、安全運航のためのチームビルディングを、機長、副操縦士に対し伝える経験を積んだ。退職後、MindMap,Memory System ,Reading Skill ,Hypnotherapy のインストラクター資格を取得、セミナーを開催していた。現在、人工知能研究から論理的に証明された学習理論を学び、学習ファシリテーターとして、問いから学ぶ寺子屋「といてら」を主宰しセミナーを開催している。人本来の学び方に気づくことで、訓練や教育における旧学習パラダイムから解放され、自分の強みを自分自身で磨き続けるスキルを身につけることができる。大手航空会社においてメンタルサポートの一環としてセミナーを開催し、パイロット、客室乗務員の方々、延1500名以上の参加実績を持つ。

ここまでの道のり


小学生の頃から空に憧れて、飛行機のプラモデルばかり作っていました。
特にドイツの飛行機の無骨さが好きでした。

1年浪人しましたが、なんとか航空大学校に入学することができました。
航空大学校は、宮崎に本校があり、1年の座学の後は、帯広で単発の免許を取り、宮崎に帰って、計器飛行の免許、仙台に移り、双発の免許を取得するという過程です。
その当時は、卒業すると、JAL 、ANA、TDAでだいたい希望の会社に行けるようになっていました。
ところが、卒業の前年、突然の石油ショックが起こります。
今でいうリーマンショックのようなもので、スーパーからトイレットペーパーがなくなるという事態まで起こりました。不景気で就職の枠もなくなりました。パイロットの採用は、年間100名もあればいいところで、毎年毎年、自社養成と航空大学校の卒業生で賄えてしまいます。そう考えるとパイロットの道は絶望に思えて、空と関係のないSONY商事株式会社に就職し、営業の仕事につきました。
今思えば、こんなに空の交通網が発展するなんて想像もできませんでした。

しかし、空への夢は捨て切れずに、農林水産航空協会でヘリコプターの訓練ができることを知りました。この制度は、国が固定翼の免許を持っている人に、回転翼の訓練をして免許を取得させてくれます。
霞ヶ浦にある陸上自衛隊の基地で半年間訓練が行われます。

朝、6時に、起床ラッパで起き、ベットを整えて、整列し声を出しながらのランニング。まさに映画の中のシーンです。
当時の東亜国内航空に入社しました。フジテレビと産経新聞社の取材機 ヒューズ500ヘリコプターとセスナサイテーションという機体で、取材飛行を担当していました。
羽田沖の事故、123便、三宅島、大島、普賢岳の噴火などの取材しました。
その後、路線飛行部門に移り、DC-9型機の機長になることができました。会社も東亜国内航空、ジャパンエアシステム 日本航空と変遷し、最後には、あこがれの日本航空に入る事が出来ました。 最終的には機長、副操縦士、約150人を統括する第一路線室長という立場になりました。

しかしさすがの日本航空も時代の波には勝てず、乗り続けたDC-9も退役となった年、2010年に早期退職を決断します。

最後にその機種の統括である私がラストフライトをする予定で進んでいました。
しかしそのフライトの10日前に脳下垂体に腫瘍が見つかりフライトを下ろされてしまいます。
まさか自分のフライト人生がこんな終わり方をするとは夢にも思っていませんでした。

とは言え、無事故で終わる事が出来たのはとても幸せなことでした。

PILOTの仕事は非常にメカニカルな仕事だと思われていますが、相手にするのは自然と人です。
私は、機長の仕事を通して、チームビルディングやリーダーシップ、決断力、 教育する立場に立ち、人を育てるコミュニケーションの大切さを学びました。

退職、手術とめまぐるしく1年が過ぎ、 制服を着ない自分を振り返ったとき、自分の信念や観念が本当に正しかったのだろうか?という疑問が湧いて来ました。

フォトリーディング、マインドマップ、ヒプノセラピーを学び、またいろいろなセミナーを受講し、多くの前を向いて生きている方々とお会いしました。
これからの時代は私達の年代が、もっと自由に、創造力豊かに人生を過ごす必要があると痛感しています。

またウィンドサーフィンも約25年間続けて来て自然を感じるスポーツのすばらしさ、自然と共鳴する生き方も学んで来ました。
継続してやって来たおかげで3年前から世界最高峰のプロのレースであるPWAに参戦出来るようになりました。
この風を肌で感じた経験は、最も緊張が高まる着陸や離陸の場面で、私のPILOT人生を助けてくれたと確信しています。

今まで、目の前の事を乗り切る事で見えなかった事が、ゆっくりと自分を見直す時間が取れた事で、客観的に見えるようになりました。
私達は~をしなければ、~をやるべきだ、~を出来なければダメなんだ。
といつも何かに追い立てられるように生きて来ました。

そうして努力する事が善だと教わって来たのです。

しかし本当にそうでしょうか?

退職した後、言いようのない不安に押しつぶされそうになりました。
それが何処から来るのか?
やっと解りました。

このやらなければ、努力しないやつはダメなんだ。そういう観念が私を縛り付けているのが解ったのです。

こうして思う事は、 この世の中は個人個人の脳が作り出した世界であり、実際の世界は一人一人の頭にしか存在しない。
その世界を変える事が出来るのは、自分の頭のプログラミングを自分らしく変えることでしかなし得ない。という事です。

未来を担う子供達にはもっと楽しくもっとおおらかに自分の可能性を伸ばせる能力がある事に気づいて欲しいと思います。

会社概要

法人名(商号)株式会社 ManaOlaPUle
代表者名小野和彦
法人設立年月日平成 23年 11月 24日
主たる事業内容自己啓発、学習に関するセミナー企画・運営

骨格模型開発コンサルタント
web制作
所在住所東京都千代田区神田連塀町3
富士ソフト秋葉原ビル12F
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